3姉妹の出産話
ーーーーー次女の時ーーーー
長女の時の出産の反省を踏まえて
今回はバイトはせず 家で おとなしく DIYに 励んだ
和室の天井にペンキぬったり、洗面所におく 引き出しを作ったり
( 今 思うと おそろしい )
(こんなこと娘たちには絶対 真似をしないでほしい)
2人目の妊娠初期はお腹が膨らむのが早かった!
(一度のびた風船?もとい、お腹って のびやすいのね~)
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順調に妊婦生活を過ごし、
臨月が近づいたころ、おなかが痛くて痛くて トイレで用をたすと 血が!
さらに痛むお腹。。。。!おしるしかも?と おもいつつ
ベットでうとうとしていたら 寝られなくなるほどの腹痛&脂汗。。。!
いてもいられず夜中だったため旦那と大学病院へ!
案外、早く診てもらえることになり、診察台に寝かせられ 足を 固定された。
そこへなぜか 研修生らしき 白衣を着た 若いお兄ちゃん達が 4,5人入室。
大股開き状態のお股がみえる診察側から凝視され 年配の先生から 説明をうけてた。
(大人数にお股をみられてショック!)
そして 腹痛&出血の原因は
ただの「便秘&切れ〇だった」というオチ!(さらに ショック!!!)
エコーで 便であろうお腹の影の説明を受け 下剤をのまされ
トイレに駆け込み 用をたしてしまえば 痛みが引いていく。。。
悲しい わたしの 素直な からだ。。。(涙 涙 涙)
赤ちゃんが危ない状態ではなかった!と安心したのもつかのま
冷静に振り返ってみて だんだん腹がたってきた。
(なんで妊婦&旦那の了承をとらず 股を みられ 研修材料にさせられるんだ!)
(許さんぞーーーー!まったく!)
と 後からふつふつと 怒りつつ
(こうやって母親は妊娠、出産ごとに 羞恥心がなくなっていくのね。。。)と
しみじみ。
そんなわたしに 一言
「そんなこと(→切れ〇)だろうと 思ってた」と旦那。(・・・なんですと・・・?)
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そして数週間後の、検診日。 お腹の状態が
悪くなって絶対安静の通告が・・・!
産院に緊急入院することになり。。。
さらにさらに 旦那の仕事先が 倒産!
さぁ、どうなる!?
って 普通なら あわてるとこだけど。
「ともかく わたしは 産むことに集中するから
○○(旦那)ちゃんは どうにか 次の仕事を みつけて___!」
と旦那に生活費問題は丸投げする。
私は無事に 産むのみ!
そして出産日!
計画出産で
朝8時から、陣痛促進剤を1時間ごとに
血管に流し込みを 行うも なかなか お産が進まず
その間も延々と前屈陣痛がつづき「ゔゔぅ・・・!」
「ゔゔぅーー・・・!」と、付き添いもいない一人きりの病室で
うなり続け、夜の8時まで薬の投与が続けられた。
お産がすすまないまま、赤ちゃんの心拍数と状態が 悪くなる。
私も ここ1週間、微弱陣痛のため、
寝不足&陣痛の痛みが 続いて そして72時間以上陣痛がつづき
疲れがピークに!!! さらに過呼吸になって
酸素マスクをあてられてしまった
やっと診察台に上がり、いざ りきみはじめると
またもや 顔面に 看護師さんのお尻をむけられ
馬乗りに。。。2度目になると 頭だけは冷静だった。
なんでもいいから
はやく出てきてくれーーーと。
ーーーぼろん!と出てきた次女。
今回はスッポンは使わなかった!良かった!良かった?
まぁ 産まれてみれば 良いこと尽くしだったよね(^^)
産んだ後、またすぐ 赤ちゃん欲しくなったもの
不思議よねぇ
あとから考えると、
この時 おなかにいた次女は ほんと いい 「運」を
次から次へ 持ってきてくれてた気がする。
くじ引きではめったにあたらない2等のお米を当てたり
旦那の次の仕事も すんなり 決まったり。
また、この次女の笑顔は お地蔵さんのように ほっこり する
いい笑顔なのです。
ーーーーーー思春期真っ最中の今では腹立つことの方が多いけど。
ーーーーーー思春期真っ最中の今では腹立つことの方が多いけど。(2度目)
まだ舌足らずの年少さんの時は おみくじを 開きながら
「か~み~さ~ま~」と
話しかけていた。不思議な次女
次女はお腹の中でも大きく育ち、産まれるときも大きさゆえの難産?で
さらに2歳になるころには6歳のお姉ちゃんの体を隠してしまうほどの巨体ちゃんに!
そして、保育園や役場の職員さんには3度も注意を受ける始末!
それでも!健康であれば 多くは望まない!。。。!
腹が立つことも多々あるけども!
毎日が健やかに平和に過ごせていれば幸せなことではあるーーー。
だか、しかし!
できるなら! できることなら!!
あの研修医のお兄ちゃん達の記憶を抹消したい!
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